東京高等裁判所 昭和42年(ネ)357号 判決 1969年4月14日
理由
一、訴外丸嘉商事が、昭和三十九年九月、その業務を整理することとなり、同月二十五日、同商事の債権者らの集会が開催されたこと、同商事は、当時、控訴人、被控訴人、訴外睦衣料株式会社、同紀州綿業株式会社、同株式会社村上、同丸忠株式会社の各債権者らに対し合計金四百七十六万二千八百九十九円の債務があり、業務整理の結果、右債権者らに分配しうる総資産の額が金二百九十万五千三百六十五円であつたことについては、いずれも当事者間に争いがなく、被控訴人がその丸嘉商事に対する債権につき、六十一%の弁済をもつて満足する(その三十九%を抛棄する)ことを了承したことおよび右債権につき総計金五十六万六千二百八円相当の弁済をうけたことは、被控訴人において自陳するところである。二、被控訴人は、控訴人が上記債権者集会で、被控訴人を含む他の債権者らに対し、丸嘉商事を指導、監督し、その責任において、同商事をして、債権者らに対する債務の弁済を公正に遂行せしめる旨の業務の受託を約したと主張するので、まずこの点につき判断するに、《証拠》によれば、上記債権者集会においては、控訴人(会社)を代表して出席した控訴人会社の総務部長広瀬敬が、丸嘉商事において、その業務整理を余儀なくされるに至つた経過ならびにその資産、負債についての説明をなし、出席債権者一同討議の結果、各債権者は債権額のおよそ七割につき弁済を受け得る見込であることを了承し、丸嘉商事および被控訴人を含む他の参集債権者らは、右七割予定の弁済に関する業務の実施を控訴人において為してほしい旨、右広瀬に申入れた。これに対し、広瀬は、「法律のことはよくわかりませんが、お世話します。」と答えて、これを受託し、結局、右集会において「丸嘉商事の整理配当等に関しては、引続き、株式会社広瀬商会(控訴人)に一任する。」旨の決議の成立をみたことが認められる。原審証人広瀬敬の証言の一部には、右認定に反し、委託契約そのものの成立を否定し、控訴人が丸嘉商事の整理配当等に関して一任をうけた旨の議事録(乙第三号証)の記載は真実に反するものである旨の供述があるが、右供述は、上掲各証拠に比照し、また次に認定の事情から判断しても、到底真実に合致するものとは思われず、他に上記認定を覆えすに足る証拠はない。
ところで、上記認定事実によれば、丸嘉商事および被控訴人を含む他の債権者らと控訴人との間に、丸嘉商事の各債権者らに対する債務弁済に関する業務は、これを引続き、控訴人に一任する旨の委託契約の成立をみたことは明らかであるとしても、なお、弁済に関する業務を引続き、即ち従前通り控訴人に委託するというだけでは、控訴人の右委託契約上の債務の内容は明らかでないといわざるを得ないものであるところ、《証拠》を総合すると、控訴人は、上記債権者集会の当時、単に丸嘉商事に対する一番大口の債権者であつたばかりでなく、右集会の持たれる前に、既に丸嘉商事から、その所持の手形をはじめ、会社備付の帳簿類を一切取りあげて自己の支配下に納めてしまつていたこと、このように丸嘉商事の資産が事実上、控訴人の押えるところとなつていた関係上、丸嘉商事の代表者永田も自らの意思をもつて業務整理にあたれず、右集会にさき立つて、控訴人に対して、同商事の整理方を依頼し、また整理にかかるについての指示を仰いでいること、更に、上記集会後の丸嘉商事の整理業務の進行過程においても、控訴人は、右永田をして控訴人会社の一隅で、その取りあげている帳簿を被見してする債権債務の整理作業に当らせ、同人のする各債権者へのその都度の連絡や、各債権者に対する配当表(弁済の一覧)等を、いちいち検分し、それらに承認を与えて、控訴人会社名義をもつて、または控訴人会社名入りの封筒をもつて各債権者に送付せしめている各事実が認められるのであつて
右認定の債権者集会の開催されるまえの丸嘉商事と控訴人との関係ならびに前認定の債権者集会における控訴人(会社)代表広瀬敬の言動を考え併せ、更に、その後の実際の整理業務の進行過程においての上記認定の控訴人のとつた態度をも参酌して判断するとき、丸嘉商事の債権者らが上記債権者集会において、上記委託契約を締結するにあたつて抱いていた各当事者の客観的意思は、控訴人が責任をもつて丸嘉商事の債務弁済の業務を遂行するか、少くとも、丸嘉商事を積極的に指導、監督して、その責任において、同商事をして、その債権者らに対する債務弁済を公正に遂行せしめるようにすること、すなわち、いずれにしても、丸嘉商事の各債権者に対する債務の弁済が公正になされるについて控訴人が責任をもつことを前提に、控訴人に丸嘉商事の整理配当(弁済)の業務一切を託し、託されるにあつたものと解するを相当とし、この認定に反し、控訴人は上記債権者集会において、ただ丸嘉商事の整理事務執行について相談相手となる程度において世話をすることを引受けたにすぎない旨の原審における証人広瀬敬および当審における証人永田実の各証言の一部は上掲各証拠に比照するとき、到底措信し得ざるものであり、また、右委託契約の成立は、仮りに控訴人主張のごとく、控訴人において、なんら報酬をうけていないとしても、それをもつては左右されるものではない。
三、そこで進んで、被控訴人主張のごとく、控訴人に右受託契約上の債務の履行につき、不完全であつたという事実があるかどうかにつき検討するに、《証拠》によれば、被控訴人は丸嘉商事に対して金百二十一万五千三百七十五円の債権をもつていたこと、および、上記債権者集会後の丸嘉商事の整理過程において、丸嘉商事の代表取締役永田実の名義で「丸嘉商事がその業務を整理した結果、各債権者に対する債務は、一率その六十一%につき弁済が可能になつたから、被控訴人が弁済をうくべき額は金七十四万千三百七十八円である。而して被控訴人に対する右弁済には丸嘉商事の第三者に対する未回収債権を含ましめたいから、これを承知してほしい。」旨の通知をうけ、同時に被控訴人に対し丸嘉商事の訴外西林商店(金十四万七千七百二十円)、同高木商店(金四万八千六百七十三円)、同増岡栄一郎(金二万七千四百六十円)に対する各括孤内記載の額面の未回収債権が割当てられたことを認めるに十分であるところ、《証拠》によれば、被控訴人は右割当をうけた丸嘉商事の、西林に対する債権について、西林に問合せたところ、西林はその存在を否認し、また増岡に対する債権は、同人の所在が不明であつて、右合計の金十七万五千百八十円の債権なるものは、被控訴人にとつて無価値なものに帰したことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。
控訴人は、右認定のように、丸嘉商事の整理過程において、同商事の第三者に対する未回収債権が被控訴人に割当てられたのは、丸嘉商事から被控訴人に対して、右各債権の譲渡がなされたものであつて、右債権譲渡により、当該債権額面相当額につき、丸嘉商事の被控訴人に対する債務の弁済(代物弁済)があつたものであるから、それが無価値なものに帰したからといつて、被控訴人は弁済をうけていないと謂うべきでない旨主張し、《証拠》によれば、一様に、債権譲渡なる呼称をもつて、被控訴人のみでなく、その他の上記債権者らに対しても、丸嘉商事の第三者に対する未回収の債権の割当がなされていること、および、被控訴人自身、自分が上記のとおり債権の割当をうけたことを債権譲渡を受けたとよんだことを各認めることができ、《証拠》中にも、各債権者に対する右末回収債権の割当ては、当然に債権譲渡であつたと考えて、それを前提とした供述部分があるが、各債権者に、一様に未回収の債権の割当をなしているからといつて、特段の取りきめのない限り、割当を受けた各債権者において、その割当て債権を代物弁済として受けとるべきであると謂いうるものではなく、割当をうけた各当事者毎にその、債権の割当てをもつて代物弁済として当該債権を譲り受けたものであるかどうかにつき判断を要するものであるところ、上記《証拠》中の右趣旨の記載は、当該債権を譲渡し、これをもつて代物弁済をしたいという丸嘉商事側の一方的意思表示を示す域を出ないものであり、この点についての的確な証拠とするに足らず、上記証人広瀬敬、永田実の各証言によつても代物弁済の事実を認めるに由なく、その他本件全証拠によるも、右趣旨の特段の取りきめの存在は勿論、被控訴人において、上記のように丸嘉商事の未回収債権の割当を受けたことにつき、それをその額面相当額をもつて自己の債権に対する代物弁済として受けとることに同意したと認めるに足る証拠はないばかりでなく、却つて前示甲第五号証中に被控訴人が債権譲渡を受けたと言つているのは、同号証全体の文意から被控訴人において取立委任の趣旨をもつて債権を譲受けたという趣旨であることが明瞭である。従つて債権譲渡をもつて代物弁済の趣旨であつたとする控訴人の主張は採用の限りではない。
而して、本件弁論の全趣旨によれば、丸嘉商事は、既にその整理義務を結了し、なんらの残余財産をも留めないものであることが認められるから、被控訴人は、上記認定のごとく、結局、無価値に帰した丸嘉商事の西林、増岡に対する債権の額面相当額である金十七万五千百八十円については、もはや丸嘉商事からは弁済を受けられないものというべきところ、被控訴人がその丸嘉商事に対する債権金百二十一万五千三百七十五円の三十九%を抛棄し、弁済をうくべき債権として金七十四万千三百七十八円をもつていたこと、そのうち金五十六万六千二百八円相当につき弁済をうけたこと前認定のとおりであるが、被控訴人において右以上に弁済をうけたとの点については他になんらの立証のない本件にあつては、一応、被控訴人は右金七十四万千三百七十八円から右金五十六万六千二百八円を差引いた金十七万五千百七十円の限度において、弁済債務の履行不能による損害を蒙つたというべきところ、控訴人は、前段判示のとおり、債権者集会において成立をみた委託契約によつて、被控訴人を含む債権者らに対し、丸嘉商事の各債権者への弁済を公正に実施すべきことにつき責任をもつことを約したもので、右契約の趣旨からみて、丸嘉商事の被控訴人に対する弁済債務即控訴人の右契約上の債務というを得ず、右契約内容は、実在する丸嘉商事の資産を公正に分配するにつき責任を持つというものであつて、取立不能な債権すなわち実際には無価値な資産のごときについてまで受託者たる控訴人がその分を弁償して債権者らに弁済する責任を負う趣旨ではないと解すべきである(控訴人は本訴において丸嘉商事の資産総額につき被控訴人の主張を争わないこと前認定のとおりであるが、右は丸嘉商事の第三者に対する債権の券面額を含めた資産額について陳述した趣旨と解される)から、更に、この点について検討すべきである。
而して、丸嘉商事の訴外西林、増岡に対する各債権が取立不能であつたこと前認定のとおりであり、《証拠》によれば、控訴人において同じく割当をうけた丸嘉商事の訴外長田某に対する金一万八千六百二十六円の債権が取立不能であつたことが認められる。然しながら、丸嘉商事の各債権者らに割当てたその余の債権が取立不能であつたことはこれを認めるに足る証拠はない。そうだとすると、上記三個の債権以外の丸嘉商事の、各債権者への割当債権が、取立て得ないものであつたことについては何等の主張立証がないので結局、前認定の丸嘉商事の資産総額金二百九十万五千三百六十五円から、右取立不能の三個の債権合計金十九万三千八百六円を控除した金二百七十一万千五百五十九円が各債権者に分配可能な資産であつたというべく、控訴人は右額の資産を各債権者らに公正に分配すべき責任があつたものである。而して、丸嘉商事の右資産を各債権者に債権額に応じて按分するとき、被控訴人が金六十九万千九百二十五円の分配をうくべきことは計算上明らかであるから、これと被控訴人がすでに弁済として受領している前記金五十六万六千二百八円との差額金十二万五千七百十七円の限度において、控訴人は被控訴人に対し、上記丸嘉商事の弁済債務の不履行による被控訴人の損害を、控訴人自身の前記受託契約上の債務不履行による損害として、賠償すべき義務があるというべきである。
従つて、被控訴人の控訴人に対する、委託契約上の債務不履行に基づく損害賠償の請求は、右金十二万五千七百十七円およびこれに対する本件訴状の送達の翌日であること明らかな昭和四十一年五月二十九日以降完済に至るまでの年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において、理由があるから右限度において認容すべく右を越える部分については理由がないからこれを棄却。